『火垂るの墓』視聴しない選択
今年も、お盆の金曜ロードショウで『火垂るの墓』やってましたね。
毎年やってるわけじゃないとは思うけど。
この時期の作品、という印象。
我が家では、観ませんでした。
というか、
なんかテレビ、ってチャンネルまわしてたら、やってて、
「かえてかえて!」
って全員一致でチャンネルチェンジ。
見たくないんです...
何度も見たけど、もう見たくない。
でもね、どこかで見たことあるけど、「もう見たくない」っていう感想は、
製作者側の意図したことでもある、らしい。
見たくないっていう感情、
戦争を忌避する気持ちは、まっとうだと信じたい。
高畑勲監督の、こんなコメントも見つけました。
「周囲の人々との共生を拒絶して社会生活に失敗していく姿は現代を生きる人々にも通じるものである」
戦争の悲惨さだけでなく、周囲の人々とのつながりを拒絶することの結果。
社会から孤立、助けてもらえたかもしれない手を拒絶する結果になった。
意識して考えないと、この作品は、内容を思い出すことがない。
思い出したくないから、気持ちに蓋をしてる。
でも、それでいいはず。
結局、その晩、『火垂るの墓』は見なかった。
その選択が間違っていたとは思わない。